料理研究家として、私たちの食卓を豊かにしてくれたケンタロウさん。
「男子ごはん」での国分太一さんとの軽快なやり取りが大好きだった方も多いでしょう。
私も彼のレシピ本を何冊も持っていて、今でもよく作っています。
簡単なのに驚くほど美味しい料理ばかりで、本当に助けられてきました。
しかし、2012年のバイク事故以降、表舞台から姿を消してしまったケンタロウさん。
あれから10年以上が経ちましたが、現在はどうされているのでしょうか。
今回は、ケンタロウさんの現在の様子や回復状況について、詳しくお伝えしていきます。
ケンタロウの現在の姿は?近年の容態とリハビリ状況
結論:自宅療養を続けながらリハビリに取り組んでいると報じられている
2012年2月の事故から11年以上が経過した現在も、ケンタロウさんはリハビリを続けていると報じられています。
事故当初は「寝たきり状態」と報道され、正直なところ、私も復帰は難しいのではないかと思っていました。
しかし、妻である大谷マキさんの献身的な介護と、ケンタロウさん自身の懸命な努力によって、徐々に回復されているようです。
2013年6月に退院してからは、自宅療養へと切り替え、訪問リハビリやショートステイを利用しながら回復を目指しているとのことです。
現在の具体的な容態については公表されていませんが、少しずつ前進されている様子が伝えられています。
足こぎ車椅子「COGY(コギー)」で外出する様子が話題に
2018年10月に「女性セブン」が報じた記事では、ケンタロウさんが「COGY(コギー)」という特別な車椅子に乗って外出する様子が紹介されました。
この写真を見たとき、私は本当に感動してしまいました。
笑顔で妻のマキさんと会話しながら、自分の足でペダルを漕いでいる姿は、事故直後の報道からは想像もできないものでした。
「COGY」は、足元にペダルがついた画期的な車椅子です。
脳梗塞などで片側の足が動かない方でも、「右足を動かすと左足が動く」という身体の自動反射を利用して、両足を動かせる仕組みになっています。
わずかな力でもペダルが回転するため、「自分の力で移動できる」という喜びが自信につながるのだそうです。
製造販売会社によれば、キャッチコピーは「あきらめない人の車いす」とのこと。
まさにケンタロウさんにぴったりの言葉だと感じました。
茨城県内のリハビリ施設で1日8時間のトレーニングに励んだ時期も
ケンタロウさんの回復を支えたもう一つの要因が、徹底したリハビリへの取り組みです。
報道によると、茨城県内のリハビリ施設に通い、なんと1日8時間ものトレーニングをこなしていたそうです。
1日8時間というのは、本当に驚異的な努力だと思います。
普通に考えて、健康な人でも8時間のトレーニングは相当きついはずです。
それを麻痺が残る身体で続けるというのは、想像を絶する苦しみだったに違いありません。
ケンタロウさんの知人によれば、「すべての障害に対応できるように、医師、栄養士、歯科医、作業療法士、理学療法士などがチームを組んでリハビリに取り組んでくれる施設」で訓練を受けていたとのことです。
食べ物を飲み込む、咀嚼するなど、日常生活に直結する訓練を重点的に行っていたと考えられます。
料理研究家として「美味しいものを食べること」を何よりも大切にしてきたケンタロウさんですから、再び自分の口で食事を楽しみたいという強い思いがあったのでしょう。
『男子ごはん』10周年に寄せた直筆メッセージと「絶賛リハビリ中」の言葉
2018年4月、テレビ東京の「男子ごはん」が放送開始から10周年を迎えた際、ケンタロウさんから番組に手紙が届きました。
この手紙の内容を読んだとき、私は涙が止まりませんでした。
「勝手に事故ってごめん。太一くん10年間ありがとう。心平ちゃん途中からごめんね」
この一文には、ケンタロウさんの人柄がにじみ出ていると感じました。
自分が大変な状況にいるにもかかわらず、周りの人への気遣いを忘れない優しさに、心を打たれます。
手紙の中で彼は「気がついたら6年もたっちゃったけど、残念ながらまだ短パン男子にチューニングが合っていないんだ」と書いています。
「短パン男子」というのは番組内での彼の愛称でしたから、この表現には「まだ完全には戻れていない」という意味が込められているのでしょう。
そして手紙の最後には「美味しいものを作って食べることが全て」「絶賛リハビリ中」という言葉が記されていました。
諦めずに前を向き続けるケンタロウさんの強い意志を感じます。
国分太一さんは手紙を読み上げた後、「今後ともケンタロウさんと一緒に3人で頑張っていきますので、よろしくお願いいたします」と視聴者に語りかけました。
番組側も、そしてファンも、ケンタロウさんの復帰を心待ちにしているのです。
ケンタロウを襲ったバイク事故から現在までの経緯を徹底調査
2012年2月:首都高から約6m下に転落した事故の真相と原因
2012年2月4日深夜、ケンタロウさんの人生を大きく変える事故が起こりました。
東京都新宿区の首都高速4号新宿線下りの外苑出口付近で、大型オートバイを運転していたケンタロウさんは、左カーブを曲がり切れずに右側の側壁に接触してしまいました。
その衝撃で投げ出されたケンタロウさんは、なんと約6メートルも下にある一般道路上に転落したのです。
6メートルといえば、だいたいビルの2階くらいの高さです。
そこから地上に落下するなんて、考えただけで恐ろしくなります。
事故の原因については、当初「スピードの出し過ぎ」という情報が流れました。
しかし、ケンタロウさんの姉であるまりこさんは取材に対し、スピード違反ではなかったと否定しています。
「カーブを曲がり切れずに落下したそうですが、ひょっとしたら道路に氷が張っていたのかなとも思います」
「弟はもともとお酒が飲めないので、飲酒事故ではないはずです」
事故当日の気象データを見ると、雨は降っていませんでしたが、真冬の2月で深夜に近い時間帯だったことから、路面が凍結していた可能性は十分に考えられます。
また、車とぶつかったという情報もなく、単独事故だったようです。
バイクの整備不良や一瞬の不注意など、さまざまな要因が重なった結果なのかもしれません。
真相は今も謎のままですが、とにかく一命を取り留めたことが何よりでした。
脳挫傷や高次脳機能障害など「寝たきり」と宣告された重傷の程度
事故後、ケンタロウさんは都内の病院に緊急搬送されました。
当初は「意識はあるものの、両足骨折・頭蓋骨骨折の重傷」と報じられていました。
私も最初のニュースを見たときは、骨折が治ればまた元気に戻ってこられるのではと思っていました。
しかし、事故から半年後の2012年8月に発売された「女性自身」で、想像以上に深刻な状態であることが明らかになりました。
診断結果は以下の通りです。
- 左大腿骨骨折
- 右足関節脱臼骨折
- 顔面骨折
- 脳挫傷
- 外傷性くも膜下出血
そして後遺症として残ったのが、高次脳機能障害と両手足の麻痺でした。
高次脳機能障害とは、脳の損傷によって記憶や感情表現、言語能力などに支障をきたす症状です。
事故当時のケンタロウさんの状態は以下のように報じられています。
- 意識はある
- 記憶障害がある
- 言葉はほぼ話せない
- 感情表現もできない
- 食事は鼻から管による栄養注入
- 寝たきり状態
私がこの報道を知ったとき、本当にショックでした。
料理を作ることも、美味しいものを食べることも大好きだったケンタロウさんが、食事すら自分の口からできない状態だなんて…。
本人がどれほど辛かったか、想像するだけで胸が痛みます。
病院側からは介護施設への入所を勧められたそうです。
しかし、妻のマキさんはそれを断り、自宅で介護することを決意したのです。
奇跡の回復を支えた妻・大谷マキさんの献身的な介護
病院近くへの転居と「自宅で看る」という強い決意
ケンタロウさんの回復を語る上で、妻である大谷マキさんの存在は欠かせません。
マキさんは、フードスタイリストとして活躍されている方で、2010年にケンタロウさんと結婚されました。
結婚してわずか2年後に事故が起きてしまったわけですから、マキさんの衝撃と悲しみは計り知れません。
事故後、病院側は介護施設への入所を勧めたそうです。
確かに、高次脳機能障害と両手足の麻痺という重い後遺症がある状態では、専門的な介護が必要だったでしょう。
しかしマキさんは、こう考えたそうです。
「高齢者が多い介護施設に(若い)主人が一人でいるのは可哀想。だから彼は私が自宅で看ます!」
この決断には、本当に頭が下がります。
自宅介護には、特殊な電動車椅子や介護用ベッドなども必要で、マキさんはその準備にも奔走しました。
さらに、ケンタロウさんの看病のために、神奈川県三浦郡葉山町にあった自宅の一戸建てを離れ、病院からほど近いマンションへと引っ越したのです。
自分の生活を全て犠牲にして、夫のためだけに尽くすマキさんの姿勢には、愛の深さを感じずにはいられません。
葉山の一戸建てを手放しリハビリ優先の生活へ
ケンタロウさんとマキさんは、葉山の一戸建てで暮らしていました。
マキさんが自ら改築したこだわりの家だったそうですが、それを手放してまで病院近くのマンションに移ったのです。
これは、ケンタロウさんのリハビリを最優先に考えた結果でした。
マキさんは毎日欠かさずケンタロウさんの元に通い、「今日、こんなことがあったよ」「トイレ行きたい?」など、積極的に話しかけ続けたそうです。
最初は反応がほとんどなかったケンタロウさんですが、半年後には少しだけ笑ったような表情を見せるようになりました。
そして1年が経った頃には、マキさんの話を聞いて頷いたり笑ったりするなど、コミュニケーションが取れるようになったのです。
ある日、突然ケンタロウさんがマキさんの頭を撫でたそうです。
これには、マキさんも感極まって涙が溢れ、彼の手をぎゅっと握り返したとのこと。
言葉では伝えられなくても、ケンタロウさんはマキさんへの感謝の気持ちを表現したのでしょう。
この話を読んだとき、私も涙が止まりませんでした。
泣き言一つ言わず、毎日献身的に介護を続けたマキさんの努力が、ケンタロウさんに届いたのだと思います。
ケンタロウの奇跡の回復エピソード|言葉や食事の現状
出典:介護ポストセブン
感情表現の回復:妻の頭を撫でて見せた感謝の仕草
事故から1年ほど経った頃、ケンタロウさんは徐々に感情を出せるようになってきました。
マキさんが病室で話しかけると、頷いたり笑ったりするようになったのです。
そして、ある日突然、ケンタロウさんがマキさんの頭を撫でました。
これは大きな進歩でした。
それまでほとんど動かなかった手で、愛する妻に感謝の気持ちを伝えようとしたのです。
言葉では「ありがとう」と言えなくても、この仕草で十分に想いは伝わりました。
マキさんは感激のあまり涙を流しながら、ケンタロウさんの手を握り返したそうです。
この瞬間、長く辛いリハビリを続けてきた甲斐があったと、マキさんは感じたに違いありません。
私がこのエピソードを読んだとき、夫婦の絆の強さに心を打たれました。
どんなに困難な状況でも、お互いを思いやる気持ちがあれば乗り越えられるのだと教えてくれます。
鼻チューブから口経摂取へ:流動食が食べられるまでの進歩
事故直後、ケンタロウさんは鼻からチューブで栄養を摂取していました。
料理研究家として「美味しいものを作って食べること」を何よりも大切にしてきた彼にとって、これは本当につらい状況だったでしょう。
しかし、懸命なリハビリの結果、少しずつ体を動かせるようになり、ついに流動食を口から食べられるまでに回復しました。
2013年2月頃には、人の手を借りてではありますが、口から流動食を摂取できるようになったと報じられています。
自分の口で味わうことができるようになったのは、ケンタロウさんにとって大きな喜びだったはずです。
ただし、まだ完全に自力で食事ができるわけではなく、胃に直接栄養を注入するための「胃ろう」手術も受けたとのことです。
それでも、鼻からのチューブだけだった状態から考えれば、大きな進歩と言えるでしょう。
茨城県内のリハビリ施設では、食べ物を飲み込む、咀嚼するなど、日常生活に直結する訓練を重点的に行っていたそうです。
「噛む」という行為は、記憶回復にもつながると言われています。
ケンタロウさんが再び自分の手で料理を作り、美味しく食べられる日が来ることを、心から願っています。
2015年:母・小林カツ代さんの一周忌で見せた車椅子での参列
ケンタロウさんの母親は、日本を代表する料理研究家の小林カツ代さんです。
カツ代さんは2005年にくも膜下出血で倒れ、その後ずっと療養を続けていました。
ケンタロウさんも事故前は母の介護をしていたそうですが、自身が事故に遭ってからは、姉のまりこさんが介護を引き継いでいたとのことです。
カツ代さんは認知症も患っていたため、息子の事故のことを知らずに、2014年1月23日に多臓器不全で亡くなられました。
ケンタロウさんは当時、母の訃報を伝えられるほど安定した状態ではなく、1年後にようやく母の死を知ったそうです。
2015年、母の一周忌にケンタロウさんは車椅子姿で実家を訪れました。
この時の様子が「女性自身」で報じられています。
まだ車椅子に乗っている状態ではありましたが、家族や知人たちと一緒に母を偲ぶことができたのは、ケンタロウさんにとって大きな意味があったでしょう。
カツ代さんから料理の基礎を学び、その後独自のスタイルを確立したケンタロウさん。
母子で共に料理番組に出演したこともありました。
天国のカツ代さんも、息子の回復を喜んでいるに違いありません。
現在は片言での会話や笑顔が見られるまでに改善したと報じられている
2018年10月の「女性セブン」の報道によると、ケンタロウさんの回復ぶりは「奇跡」と呼ぶにふさわしいものでした。
近隣住民の証言では、「以前は車椅子の上でグッタリしたまま。会話はおろか、表情もほとんどなく、コミュニケーションすらとれなかった。それが…奇跡ってあるんだって、涙が出そうになります」とのことです。
現在は、片言ながらも少しずつ会話ができるようになり、笑顔も見られるまでに回復しているそうです。
妻のマキさんが車椅子を押しながら、「右に行く?左に行く?」と次に行く方向を尋ねると、ケンタロウさんは笑顔で応えているように見えたとのこと。
夏場には、マキさんがケンタロウさんの汗をこまめにタオルで拭いてあげている姿も目撃されています。
本当にいい奥さんだなと、心から思います。
また、コギーという足こぎ車椅子に乗っての散歩も夫婦の日課になっているそうです。
マキさんは車椅子を押しながら、顔がちゃんと見えるようにケンタロウさんの横に顔を出して話しかけているとのことです。
事故から6年以上経過した2018年時点でこれほどの回復を見せているということは、その後もさらに進歩している可能性があると考えられます。
現在の詳しい状況は公表されていませんが、ケンタロウさんとマキさんが二人三脚でリハビリに取り組んでいることは間違いないでしょう。
ケンタロウの現在の収入源や年収は?仕事復帰の可能性を考察
過去に出版した多数の料理本による印税収入の可能性
ケンタロウさんは、これまでに約80冊もの料理本を出版しています。
80冊というのは、本当に驚異的な数字です。
私も何冊か持っていますが、どれもシンプルで分かりやすく、今でも重宝しています。
これらの料理本からの印税収入は、現在も入ってきている可能性が高いと考えられます。
特に人気のあるレシピ本は増刷を重ねているでしょうから、安定した収入源になっているのではないでしょうか。
また、ケンタロウさんはイラストレーターとしても活躍していました。
プレイステーション用ゲーム「バーガーバーガー」のキャラクターデザインも手がけていたそうです。
こうした過去の仕事からの権利収入も、生活を支えている可能性があります。
ただし、具体的な収入額については公表されていないため、推測の域を出ません。
【参照】gen-zai.com
映像作品やプロデュース商品のロイヤリティ(権利収入)とみられる収入
ケンタロウさんは、料理本の出版だけでなく、テレビ番組への出演や商品プロデュースなど、幅広く活動していました。
コンビニエンスストア・ポプラの弁当などの食品プロデュースも数多く手がけていたそうです。
BEAMSとの共同企画による料理教室開催や台所用品・服の企画および制作にも参加していました。
さらに、ポテトチップスの企画および販売も行っていたとのことです。
これらの商品やコンテンツからのロイヤリティ収入も、現在の生活を支えているのではないかと推測されます。
「男子ごはん」のDVDや関連商品なども販売されているでしょうから、そこからの収入もあるかもしれません。
ケンタロウさんとマキさんは、現在もマンションで生活されているとのことですから、生活環境は整っているようです。
マキさんもフードスタイリストとして仕事をされているでしょうから、二人で支え合いながら生活されているのだと思います。
『男子ごはん』への本格復帰はいつ?国分太一や栗原心平の変わらぬ思い
ケンタロウさんが降板した後、「男子ごはん」は「太一×ケンタロウ 男子ごはん」から「男子ごはん」へとタイトルを変更し、現在も放送が続いています。
ケンタロウさんの代役として入ったのは、料理研究家・栗原はるみさんの息子である栗原心平さんです。
心平さんは2012年から番組に出演し、すでに10年以上が経過しています。
心平さん自身も素晴らしい料理研究家で、番組を盛り上げてくれていますが、やはり国分太一さんもファンも、ケンタロウさんの復帰を待ち望んでいます。
国分太一さんは、2018年の10周年記念の際に「ケンタロウさんが戻ってきて、いつか3人でやれたらいいねって、心平ちゃんと話してます」と語っていました。
テレビ東京の関係者も「番組スタッフも国分さんも栗原さんも、本気でケンタロウさんの復帰を待っています。これもまたリハビリのモチベーションになっているのではないでしょうか」とコメントしています。
番組側もずっとケンタロウさんの復帰を待ち続けているのです。
では、実際に復帰の可能性はあるのでしょうか。
正直なところ、テレビ番組への完全復帰は難しいかもしれません。
しかし、VTR出演やコメント寄稿など、何らかの形で番組に関わることはできるのではないでしょうか。
あるいは、レシピの考案や監修という形で、裏方として番組を支えることも可能かもしれません。
ファンとしては、どんな形であれ、ケンタロウさんの「おかえり」を聞ける日を心待ちにしています。
最新の仕事内容:裏方としてのレシピ考案や監修に携わっている可能性
現在のケンタロウさんが、実際にどのような形で仕事に関わっているのかは明らかにされていません。
しかし、料理研究家としての知識や経験は決して失われていないはずです。
もしかしたら、自宅でレシピを考案し、それを誰かに伝えるという形で仕事を続けているかもしれません。
例えば、マキさんが実際に料理を作り、ケンタロウさんがアドバイスをするという形であれば、可能なのではないでしょうか。
あるいは、過去のレシピの監修や、新しい料理本の企画に名前を貸すという形もあるかもしれません。
ケンタロウさんの名前は、料理界では今でも大きなブランド価値を持っています。
多くの人が「ケンタロウさんのレシピなら間違いない」と信頼しているのです。
実際、2018年の「男子ごはん」10周年記念スペシャルで発表された「作ってみたら超〜美味しかったレシピベスト30」には、ケンタロウさんのレシピが多数ランクインしていました。
第2位の「肉汁たっぷりハンバーグ」、第6位の「キャベツと豚肉の段々」、第8位の「柔らか砂肝焼き」、第14位の「春野菜のカレー」など、どれも素晴らしいレシピです。
これらのレシピは今でも多くの人に作られ、愛され続けています。
ケンタロウさんの料理への情熱と才能は、決して失われていません。
いつの日か、また新しいレシピを届けてくれる日が来ることを信じています。
まとめ:ケンタロウの現在はリハビリに励む日々!奇跡の回復を見守りつつ復帰を待つ
2012年のバイク事故から11年以上が経過した現在も、ケンタロウさんは懸命にリハビリに取り組んでいます。
事故直後は「寝たきり状態」「言葉も話せない」「食事も鼻からチューブ」という絶望的な状況でした。
しかし、妻・大谷マキさんの献身的な介護と、ケンタロウさん自身の諦めない心によって、奇跡とも言える回復を遂げています。
現在は、足こぎ車椅子「COGY」に乗って外出したり、片言ながらも会話ができたり、笑顔を見せたりするまでになりました。
茨城県内のリハビリ施設で1日8時間ものトレーニングを行い、少しずつ確実に前進しています。
2018年の「男子ごはん」10周年記念では、「絶賛リハビリ中」というメッセージを寄せ、「美味しいものを作って食べることが全て」という言葉で、料理への変わらぬ愛を示しました。
テレビ番組への完全復帰は難しいかもしれませんが、レシピ考案や監修など、何らかの形で料理界に関わり続けている可能性があります。
国分太一さんも栗原心平さんも、そしてテレビ東京のスタッフも、ケンタロウさんの復帰を心待ちにしています。
多くのファンも同じ気持ちです。
ケンタロウさんの料理は、シンプルで美味しく、誰でも作れるものばかりでした。
彼のレシピ本は今でも多くの家庭で愛用され、彼の料理哲学は受け継がれています。
これからも、ケンタロウさんとマキさんが二人三脚でリハビリに取り組み、少しずつ回復されていくことを心から願っています。
そしていつの日か、どんな形であれ、ケンタロウさんの「ただいま」を聞ける日が来ることを信じて、温かく見守り続けたいと思います。
頑張れ、ケンタロウさん!あなたの復帰を、みんなが待っています。