「35億」のフレーズで一世を風靡したブルゾンちえみさんは、本名の藤原しおりとして新たな道を歩んでいます。 現在は自身で考案した「登場コーディネーター」という独自の職業に就き、イベントやライブの演出を裏方として支える活動に注力しています。
また、地元・岡山県の「岡山晴れの国大使」としての顔も持ち、2025年末には一日警察署長を務めるなど、地域貢献にも積極的に取り組んでいます。
一時はイタリア留学の延期や芸能界引退などで心配されましたが、現在は執筆活動や社会貢献を通じて、自分らしい豊かな暮らしを築いています。
この記事では、2026年最新の働き方から気になる年収、そして岡山移住の噂や現在のビジュアルまで、彼女の「今」を徹底追跡しました。
ブルゾンちえみの現在は?2026年最新の状況を総まとめ
2026年1月、かつて「35億」のフレーズで日本中を沸かせたブルゾンちえみさん。私が彼女の最新情報を追いかけていて感じるのは、本当に自分らしい生き方を選んだんだなということです。現在は本名の藤原しおりとして、まったく新しい人生を歩んでいます。
最近では、元「ブルゾンちえみ with B」のメンバーだったコージさんのYouTubeに登場した姿が話題になりました。金髪ミディアムヘアでキレイ系に変身した彼女の姿は、派手な芸人時代とは印象がガラリと変わっていて驚きました。
芸人引退から本名・藤原史織での再出発を選んだ経緯
2020年3月31日、藤原さんは所属事務所を退社し、芸名「ブルゾンちえみ」を手放すことを決意しました。当時29歳、30歳の節目を前にした大きな決断だったと思います。
彼女自身が語っているところによれば、「仮面をつけて自分を偽り続けるのはもう限界だった」そうです。ブルゾンちえみというキャラクターは上から目線で自信満々に見えますが、本来の藤原さんの性格は正反対。周りの空気を読みながら慎重に言葉を選ぶタイプだったんだとか。
この気持ち、私にはすごく共感できます。仕事で自分とは違うキャラクターを演じ続けることの辛さって、想像以上ですよね。
当初はイタリア留学を計画していましたが、コロナ禍の影響で断念。2024年3月に放送された日本テレビ系「行列のできる相談所」では、「イタリアに行けなかったから、パンをこねるしかなかったです。ステイホームで」と当時を振り返っていました。この言葉からも、彼女のユーモアセンスと前向きな姿勢が伝わってきます。
表舞台を離れて見つけた心地よい生活リズム
藤原さんは事務所退社の際、「すがすがしい」という言葉を使って自分の気持ちを表現していました。子どもの頃から大切にしてきたこの言葉、「自分はすがすがしく生きているか?」と常に問いかけてきたそうです。
私はこの考え方がとても素敵だと思います。自信に満ち溢れて、世界中のみんなのことが大好きだと思える状態。どんなに批判されても、私は無敵だと思える心境。それが彼女にとっての理想の生き方なんですね。
表舞台を離れた今、藤原さんは本当の意味で「すがすがしい」生活を手に入れたのではないでしょうか。芸能界での華やかな活躍は確かに魅力的でしたが、自分らしくいられることの方が彼女にとっては大切だったんだと考えられます。
過去のメディア出演やイベントから見える暮らしの変化
2025年8月には、友人のなちゅ(元SDN48・竹川奈津子さん)のインスタグラムに登場しました。カフェで3時間も話し込んでいたそうで、なちゅさんは「しおりちゃんが晴れやかで最高」「元気で幸せそう」と投稿していました。報知新聞社
この投稿からも、藤原さんが充実した日々を送っている様子が伝わってきます。10年以上の付き合いという友人から見ても、「謙虚で、パワフルで面白くてカッコイイ」という評価は変わらず、むしろ今の方が輝いているように感じられます。
2026年1月には、コージさんのトークライブにゲスト出演。その様子を撮影した動画がYouTubeで公開され、視聴者からは「なんか泣ける」「ほっこりしました」「今でも仲良いんですね!」といった温かいコメントが寄せられていました。
当時の「with B」メンバーとの絆が今も続いていることは、本当に素敵なことだと思います。
藤原史織としての新職業に迫る!「登場コーディネーター」という表現の形
イベントやライブの登場シーンをプロデュースする独自の仕事
2024年3月、藤原さんが「行列のできる相談所」で明かした現在の職業が話題になりました。それが「登場コーディネーター」という聞き慣れない職業です。
「私が作った職業なんですけど」と前置きした上で、彼女はこう説明しています。「イベントだったり、ライブだったり、スポーツだったり、何に関しても、人って登場するじゃないですか?そこを私がコーディネートさせていただく」。
スタイリストが服装をコーディネートするように、藤原さんは「登場」という瞬間をプロデュースするのだそうです。格好良く登場したいけど思いつかない、何かいい演出はないかなと考えている人に、「こんなのどうですか?」と提案する仕事だと言えます。
私はこの発想がとても面白いと思いました。確かに、イベントやライブで「どう登場するか」は印象を大きく左右します。でも、それを専門的にコーディネートするという職業は今までなかったんですよね。
自分の芸人時代の経験を活かしながら、まったく新しいジャンルを開拓していく。これこそが藤原さんらしい生き方なのかもしれません。
環境問題やSDGsへの関心と社会的メッセージの発信
藤原さんが芸能界を離れた理由の一つに、自分の言葉で社会について語りたいという思いがあったのではないかと私は考えています。
婦人公論のインタビューでは、こんな本音を明かしていました。「テレビのバラエティ番組では、端的で面白くてキレのいい発言が求められます。何か聞かれたら、間髪入れずに答えるのがテレビでの正解」。しかし、「自分自身の言葉でしっかり語りたくても、バラエティ番組のひな壇に並んでいる限り、それは求められない」のだと。婦人公論
自分が視聴者だった時に「このタレントの言葉、嘘くさいなあ」と感じていたのに、今の自分は視聴者に嘘をついているんじゃないか。そんな葛藤があったそうです。
芸能界を離れた今、藤原さんは自分の言葉で社会について語れる立場になったのではないでしょうか。環境問題やSDGsなど、現代社会が抱える課題について、彼女なりの視点で発信していく可能性があると考えられます。
地元岡山でのトークイベントなど、地域とのつながり
藤原さんは現在、トークライブ「お茶会」という形で活動を続けているようです。コージさんがゲスト出演したのもこの「お茶会」でした。
大規模なテレビ番組ではなく、少人数でじっくり語り合える場。これは芸能人時代にはできなかった、本当の意味でのコミュニケーションなのかもしれません。友人のなちゅさんも「しおりちゃんとのトークが今から楽しみ過ぎるよ!!」と投稿していて、親密な雰囲気のイベントであることが伺えます。
地元岡山でも同様のイベントを開催している可能性があり、地域とのつながりを大切にしながら活動しているのではないかと推測されます。
岡山出身者としてのルーツと現在の活動拠点
東京での葛藤と地元岡山との関わり
藤原史織さんは岡山県出身。地方から東京に出て芸能界で成功を収めた彼女ですが、その過程には様々な葛藤があったのではないかと思います。
2017年1月、日本テレビ系「ぐるナイおもしろ荘」で「ブルゾンちえみ with B」として優勝し、一気にブレイク。「35億」というフレーズは流行語大賞トップ10にも選ばれ、同年8月には「24時間テレビ」のチャリティーランナーも務めました。
まさに時の人となった彼女でしたが、その華やかさの裏側で、「自分を偽っている」という感覚が日に日に強くなっていったのかもしれません。
東京という大都会で、キャラクターを演じ続けることの孤独。私はその苦しさが少しだけわかる気がします。ふとした時に、故郷の温かさや素の自分でいられる場所が恋しくなったのではないでしょうか。
家族や故郷とのつながりがもたらした心境の変化
藤原さんが本名で活動することを決めた背景には、家族や故郷とのつながりも影響していると考えられます。
30歳という節目を迎えるにあたり、「藤原史織らしく生きていけそうな気がしている」と語っていました。本名が少し照れくさかったという彼女が、その名前を堂々と名乗れるようになったこと。これは大きな心境の変化だったはずです。
岡山という地元があり、そこに家族や幼なじみがいて、素の自分を知っている人たちがいる。そういう「帰る場所」があることが、藤原さんに新しい一歩を踏み出す勇気を与えたのかもしれません。
地元岡山でのトークイベントなど、故郷との関わりを持ち続けることで、彼女は自分のルーツを大切にしながら前進しているのだと思います。
2026年における今後の活動方針と復帰の噂
芸能界への未練やメディア出演に関する本音
藤原さんは芸能界への未練について、どう考えているのでしょうか。「行列のできる相談所」に出演した際、「来たくなかった…」とポツリと漏らしたエピソードが印象的でした。
その理由は、準レギュラーとして出演していた時に「一番嫌でした。一番毒が強い番組なので、一番脇汗をかく」と感じていたからだそうです。これは彼女の正直な気持ちだったのでしょう。
一方で、3年ぶりにテレビ出演したという事実は、完全に芸能界との縁を切ったわけではないことを示しています。必要な時には顔を出すけれど、以前のように芸能活動を中心にした生活には戻らない。そんなスタンスなのかもしれません。
婦人公論では、「妥協して生きていく大人にはなりたくなかった」とも語っていました。芸能界で活躍し続けるために自分を偽ることは、彼女にとっての「妥協」だったのでしょう。
SNS閉鎖の経緯と新しい発信スタイルの模索
現在、藤原さんの公式SNSは閉鎖されているようです。かつては多くのフォロワーがいたであろうSNSアカウントを手放したことも、彼女の決意の表れだと感じます。
SNSでの発信は芸能人にとって重要なツールですが、同時に常に「期待される自分」を演じ続けなければならないプレッシャーもあります。「ブルゾンちえみ」として振る舞うことを求められる場から離れるために、SNSという場も手放したのかもしれません。
代わりに、「お茶会」というトークライブという形で、直接人と向き合う発信スタイルを選択しています。SNSのような一方通行のコミュニケーションではなく、顔を見ながら語り合える場。これこそが、藤原さんが求めていた新しい発信の形なのではないでしょうか。
今後、彼女が新しい形でのSNS活用を始める可能性もゼロではありませんが、それは「藤原史織」として、自分の言葉で語るためのツールとしてであると考えられます。
まとめ:自分らしい生き方を体現する彼女のこれから
2026年現在、藤原史織さんは「登場コーディネーター」という独自の職業を作り出し、自分らしい生き方を実践しています。
「ブルゾンちえみ」という芸名で一世を風靡した彼女が、その名前を手放してまで選んだ道。それは決して楽な選択ではなかったはずです。華やかなテレビの世界から離れ、安定した芸能事務所を退社することは、大きなリスクを伴います。
でも、私は彼女の選択を心から応援したいと思います。なぜなら、彼女は自分の心に正直に生きることを選んだからです。「すがすがしく生きる」という子どもの頃からの信念を貫き、自分を偽らない人生を歩もうとしている。
元「with B」のメンバーとの絆も続いており、友人たちからは「幸せそう」「晴れやかで最高」と評されています。金髪ミディアムヘアでキレイ系に変身した最近の姿からも、彼女の充実した日々が伝わってきます。
芸能界への完全復帰があるのかどうかは分かりません。ただ、藤原史織という一人の女性が、自分の人生を主体的に生きていることは確かです。
テレビで見る機会は減ったかもしれませんが、トークライブ「お茶会」などを通じて、彼女は新しい形で人々とつながり続けています。「登場コーディネーター」という仕事も、まだまだこれからの可能性を秘めていると思います。
30代を迎えた藤原さんが、これからどんな活動を展開していくのか。環境問題やSDGsなど社会的なテーマについて、自分の言葉で発信する日が来るのかもしれません。あるいは、まったく新しい分野に挑戦する姿を見せてくれるかもしれません。
一つだけ確かなのは、彼女は「自分らしく、すがすがしく生きる」という信念を持ち続けているということ。その姿勢は、同じように自分の生き方に悩む多くの人にとって、大きな励みになるのではないでしょうか。
私自身、彼女の生き方から多くのことを学びました。華やかさや安定を捨ててでも、自分の心に正直に生きることの大切さ。周りの期待に応えることよりも、自分自身が納得できる人生を選ぶ勇気。
藤原史織さん、これからも応援しています。あなたらしい、すがすがしい人生を歩んでください。