演歌界の女王として君臨し続けた都はるみさん。 私が子供の頃、母親がよく口ずさんでいたのが『北の宿から』でした。 あの力強くも哀愁漂う歌声は、今でも耳に残っています。
でも、気づけば最近テレビで彼女の姿を見ることがなくなりました。 「あの都はるみさんは今、どこで何をしているんだろう?」 そんな疑問を抱いている方も多いのではないでしょうか。
調べてみると、意外な場所で意外な暮らしをされていることがわかりました。 今回は都はるみさんの現在について、報じられている情報をもとに詳しくご紹介していきます。
東北のビジネスホテルを拠点とした静かな日常が報じられるまで
2021年3月、写真週刊誌『FRIDAY』が都はるみさんの近況をスクープしました。 その内容は、多くのファンにとって驚きのものだったと思います。
なんと都はるみさんは、東北地方のビジネスホテルを拠点に生活をされているというのです。 一泊5000円前後というごく普通のビジネスホテル。 かつて華やかなステージに立ち続けた大スターが選んだ暮らしとしては、あまりにも質素に感じられました。
私はこの報道を知った時、正直言って複雑な気持ちになりました。 寂しいような、でもどこかホッとするような。 きっと彼女は、長年の芸能生活から解放され、本当の意味で自分らしい生活を手に入れたのかもしれないと思ったんです。
2023年5月には『週刊ポスト』も都はるみさんの姿を捉えています。 小雨の降る東北のある日、お揃いの黒いレインコートを着た初老の男性と共にビジネスホテルから出てくる彼女の姿が報じられました。
その男性こそ、元俳優の矢崎滋さん。 二人は帽子を目深にかぶり、マスクを着用していましたが、都はるみさんが合わせたピンクのショールが印象的だったと記事にはあります。
東北地方での「半同棲生活」と伝えられた背景
週刊誌の報道によれば、都はるみさんと矢崎滋さんは「半同棲状態」にあると伝えられています。 矢崎滋さんが東北のビジネスホテルを定宿としており、都はるみさんが東京の自宅から通っているという形だそうです。
この「半同棲」という言葉に、私は妙に納得してしまいました。 結婚という形式にとらわれず、でもお互いを大切にし合う。 そんな大人の関係性が感じられるからです。
実際、2023年の報道時点でも二人は変わらず仲睦まじく過ごしているようです。 ホテルから出た二人は、近所のスーパーへ買い物に出かけたとのこと。
目撃した客の証言によれば、矢崎さんは一度車から降りたものの、すぐに車内に戻り、買い物は都はるみさんお一人でされていたそうです。 ミネラルウォーターや赤ワイン、生活用品などを購入されていたといいます。
こういった何気ない日常の光景が、逆に二人の関係の自然さを物語っているように感じます。 無理をせず、お互いのペースを尊重しながら、一緒に時間を過ごす。 それが二人にとって心地よい距離感なのでしょう。
2015年前後のツアー・活動を最後に表舞台から遠ざかった理由といわれるもの
都はるみさんが公の場から姿を消したのは、2015年の全国ツアーが最後だったと考えられます。 このツアーの最終日に、彼女はステージ活動の休業を宣言されました。
実はその前年の2013年、都はるみさんは急性喉頭炎を発症し入院されています。 歌手にとって喉は命とも言える大切な部分です。 この病気が、彼女の活動休止を決意させる一つのきっかけになったのではないかと推測されています。
2016年にはラジオ番組に出演されましたが、これを最後に本格的に表舞台から遠ざかることになりました。
私が思うに、彼女はずっと「普通の女性」としての生活に憧れていたのではないでしょうか。 実際、1984年に36歳という人気絶頂の時期に一度引退したことがあります。 その時の引退理由が「普通のおばさんになりたい」というものでした。
復帰後も精力的に活動を続けてこられましたが、心のどこかでは常に穏やかな日常を求めていたのかもしれません。 2015年以降の活動休止は、彼女にとって本当の意味での「普通の生活」を手に入れるための決断だったのではないかと思います。
喉の問題もあったでしょうし、年齢的な体力の問題もあったかもしれません。 でも何より、長年の芸能生活で失われていた「自分の時間」を取り戻したかった。 そんな気持ちが強かったのではないでしょうか。
相撲観戦や買い物など、日常生活で見せる「普通の女性」としての一面
週刊誌の取材に応じた矢崎滋さんの言葉が印象的でした。 「元気!健康です!二人とも相撲が好きだから、相撲を見ながら食べようと思って(今)お弁当を買ってきたの!年寄なんだからほっといてくれよ、もう」
相撲を見ながらお弁当を食べる。 これ以上「普通」な日常があるでしょうか。
報道によれば、二人は買い物の後、ステーキやしゃぶしゃぶで有名なレストランで食事をされたそうです。 車だったのでノンアルコールビールを召し上がり、都はるみさんは食事中も帽子を目深にかぶったまま。 人目を気にされながらも、肉料理を堪能した後にオニオンフライを追加注文されたといいます。
こういうエピソードを知ると、私は何だか微笑ましくなってしまいます。 大スターだった彼女も、今は好きな人と好きなものを食べて、好きなスポーツを観戦する。 そんなシンプルな幸せを噛み締めているんだなあと。
目撃情報によれば、二人は相撲観戦が共通の趣味のようです。 同じものを楽しめるパートナーがいるというのは、とても幸せなことだと思います。
また、スーパーでの買い物風景も報じられています。 ミネラルウォーターや赤ワイン、生活用品などを購入される姿は、まさに「普通のおばさん」そのもの。 かつてステージで輝いていた大スターの面影はなく、ただ日々の暮らしを営む一人の女性がそこにいました。
歌手としての現在の仕事や活動状況は?
引退表明以降に取り沙汰された限定的なステージ復帰や公演の噂
都はるみさんは正式に「引退」を表明したわけではありません。 あくまで2015年のツアー以降、「活動を休止している」という状態です。
そのため、ファンの間では時折復帰の噂が囁かれることがあります。
所属事務所のサンミュージックのウェブサイトには、都はるみさんのプロフィールページが今も存在しています。 過去の公演履歴が2014年まで掲載されており、所属タレントとしての扱いは続いているようです。
2025年12月には明治座での「忠臣蔵」特別公演(12月20日)への出演情報があったとする報道もありますが、これについては確認が取れていません。
私個人としては、もし本当にステージに立たれるのであれば、ぜひ一目見たいと思います。 でも同時に、無理をしてほしくないという気持ちもあります。
彼女が本当に歌いたいと思った時に、自然な形でステージに戻ってきてくれれば。 それが一番嬉しいことではないでしょうか。
楽曲印税や過去の音源管理など、裏方的な関わりが指摘される音楽活動
表舞台から姿を消しても、都はるみさんと音楽の関係は続いていると考えられます。
彼女は数々のミリオンヒットを世に送り出してきました。 『アンコ椿は恋の花』『好きになった人』『北の宿から』『大阪しぐれ』など、今でもカラオケで歌われる名曲ばかりです。
これらの楽曲からは、今も印税収入が発生しているはずです。 また、過去の音源がCD化されたり、配信サービスで提供されたりすることでも収入が得られます。
都はるみさんは音楽プロデューサーとしての顔も持っていました。 抜群の音楽センスを生かし、自身の楽曲のプロデュースも手がけてこられました。
そういった過去の実績が、現在の彼女の生活を支えているのではないかと推測されます。
音楽業界に詳しい関係者の話では、大御所歌手のカタログ音源は安定した収入源になるとのこと。 特に都はるみさんクラスのアーティストであれば、相当な額になると考えられています。
表に出ることはなくても、音楽との関わりは形を変えて続いている。 それが現在の都はるみさんの音楽活動なのかもしれません。
芸能界本格復帰の噂と、ファンが期待する新曲・ステージの可能性
SNS上では時折、都はるみさんの復帰を望む声が上がります。 「もう一度あの歌声が聴きたい」 「元気な姿をステージで見たい」
そんなファンの思いは、今も消えていません。
実際、過去には五木ひろしさんとの共演ステージなど、多くのファンを魅了してきました。 あるファンの方のブログには、都はるみさんと八代亜紀さんのダブル出演のコンサートに行った時の思い出が綴られていました。
「都はるみさんが登場した時、客席からの掛け声が一段と大きくなり、その大きさに驚きました。都はるみさんはその観客の声援に答えるように歌い始めたのですが、その歌声には都はるみさんの歌に対する愛情や情熱がひしひしと伝わってきて、とても感動しました」
こういった熱狂的なファンの存在が、彼女の復帰を待ち望む声につながっているのでしょう。
ただ、私は思うのです。 無理に復帰を期待するよりも、彼女が今の生活を楽しんでいるのであれば、それを応援するべきではないかと。
もし彼女自身が「また歌いたい」と思った時に、温かく迎え入れる準備をしておく。 それが本当のファンの姿勢なのかもしれません。
推測される収入源と資産に関する噂
過去のヒット曲やカタログ音源からの印税収入とされるもの
都はるみさんの現在の収入源として最も大きいと考えられるのが、楽曲の印税収入です。
彼女のヒット曲は数知れず。 中でも『北の宿から』は、作曲家の小林亜星さんが手がけた楽曲の中で累積売上1位を記録しているそうです。
オリコンの調査によると、この楽曲だけで相当な印税が発生していると推測されています。
印税の仕組みは複雑ですが、大きく分けて「著作権印税」と「実演家印税」があります。 都はるみさんの場合、歌手として歌唱した楽曲の実演家印税を受け取っていると考えられます。
カラオケで歌われるたびに、CDが売れるたびに、配信サービスで再生されるたびに。 少しずつではありますが、印税が発生し続けます。
これほどの名曲を数多く残してきた都はるみさんですから、その総額は相当なものになるでしょう。
一部の報道では、都はるみさんの総資産は10億円を超えるとも言われています。 真偽のほどは定かではありませんが、長年の活動で築き上げた財産があることは間違いないでしょう。
CM出演料や不動産など、経済的基盤に関する報道や噂
都はるみさんは歌手としてだけでなく、CM出演なども行ってきました。 そういった活動で得た収入も、彼女の経済的基盤を支えていると考えられます。
また、東京に自宅を所有されているとの報道もあります。 不動産は大きな資産になりますから、これも安定した生活を送るための基盤となっているでしょう。
芸能界で長年トップスターとして活躍してきた方ですから、それなりの蓄えがあるのは当然のことです。
ただ、私が驚いたのは、そういった経済的な余裕がありながら、一泊5000円のビジネスホテルでの生活を選んでいるという点です。
これは彼女の価値観の現れなのではないかと思います。 お金をかけた豪華な暮らしよりも、シンプルで身の丈に合った生活。 そして何より、大切な人と過ごす時間。
そういったものを優先する生き方を選ばれたのでしょう。
1泊5000円前後のホテル暮らしが示す金銭感覚とライフスタイル
一泊5000円のビジネスホテル。 この選択に、都はるみさんの人柄が表れているように思います。
矢崎滋さんが定宿としているこのホテルは、決して高級ホテルではありません。 でも清潔で、必要最低限の設備は整っている。 ビジネスマンが出張で利用するような、ごく普通のホテルです。
資産があるのなら、もっと豪華なホテルや高級マンションに住むこともできたはずです。 でも二人はそれを選ばなかった。
私はこの選択に、とても共感を覚えます。 本当に大切なのは、どんな場所で暮らすかではなく、誰とどう過ごすか。 二人はそのことをよく理解されているのでしょう。
また、取材に応じた矢崎さんの「年寄なんだからほっといてくれよ」という言葉も印象的でした。 そこには、自分たちの生活を大切にしたいという思いが込められていたように感じます。
華やかな芸能界を離れ、質素でも心豊かな暮らしを選ぶ。 それは決して「落ちぶれた」のではなく、人生の新しいステージを楽しんでいるということなのだと思います。
パートナー矢崎滋と選んだ暮らし方とは
東京の自宅と地方拠点を行き来する生活が報じられた経緯
都はるみさんと矢崎滋さんの関係が初めて報じられたのは2021年でした。 『FRIDAY』がスクープした記事によると、都はるみさんは東京に自宅を持ちながら、矢崎さんの暮らす東北のホテルへ通っているとのことでした。
なぜこのような二拠点生活を選んだのでしょうか。
矢崎滋さんは2014年のテレビドラマ出演を最後に芸能活動を休止し、「東京が嫌になった」と東北に移住されました。 一方、都はるみさんには東京での生活基盤もあり、完全に移住するわけにはいかなかったのかもしれません。
また、北関東で喫茶店を営む親しい女性とゴルフや温泉を楽しむこともあるそうで、友人関係も大切にされているようです。
こういった事情から、東京と東北を行き来する生活スタイルを選ばれたのではないかと推測されます。
私はこの生活スタイルに、現代的な夫婦のあり方を感じます。 必ずしも同じ場所に住む必要はなく、それぞれの生活を尊重しながら、大切な時間を共有する。 そんな柔軟な関係性が、二人には合っているのでしょう。
「結婚にこだわらないパートナー関係」として事実婚と伝えられる関係性
都はるみさんと矢崎滋さんは、籍を入れていない「事実婚」の関係にあると報じられています。
都はるみさんは過去に作曲家の朝月廣臣さんと結婚しましたが、1982年に離婚。 その後、1983年から音楽プロデューサーの中村一好さんとの事実婚関係が続いていました。
中村さんは都はるみさんの所属事務所の社長も務めていましたが、2008年に突然この世を去りました。 都はるみさんは当時、「なぜ、彼を思いとどまらせることができなかったのか。私はこれを、悔やんでも悔やんでも悔やみきれません」と悲痛なコメントを残しています。
最愛のパートナーを失った悲しみは、計り知れないものだったでしょう。
そして矢崎滋さんとの出会い。 実は矢崎さんは、中村一好さんとも親しい関係にあったそうです。 都はるみさんは矢崎さんに中村さんのことを相談したり、亡くなった際には矢崎さんが彼女を慰めたりしていたといいます。
そこで二人の距離が縮まっていったのでしょう。
都はるみさんは過去のインタビューで、恋愛について聞かれてこう答えていました。 「自分のことで精いっぱい。でも、男女にこだわらず、数は少なくてもちゃんと付き合える人がいればいいかな」
結婚という形式にこだわらない。 でもお互いを大切にし、支え合える関係。 それが二人の選んだパートナーシップの形なのだと思います。
共通の仕事や知人を通じて距離が縮まったとされる出会いのエピソード
都はるみさんと矢崎滋さんの出会いは、2008年の舞台『好きになった人』での共演がきっかけでした。
この舞台タイトルが、まるで二人の関係を予言していたかのようで、何とも不思議な縁を感じます。
当時の都はるみさんは、長年連れ添った中村一好さんを亡くしたばかり。 心に大きな傷を負っていた時期でした。
矢崎さんは中村さんとも親しかったため、都はるみさんの心情をよく理解していたのでしょう。 仕事を通じて接するうちに、彼女の心の支えとなっていったのかもしれません。
ベテラン芸能記者はこう語っています。 「はるみさんは矢崎さんにその人の相談をしたり、相手が亡くなった際には矢崎さんが慰めていたそうです。そこで距離が縮まったといいます」
悲しみを共有し、支え合う中で、二人の関係は深まっていった。 そう考えると、とても自然な流れだったのではないでしょうか。
また、二人には共通の趣味もありました。 相撲観戦が好きという点で意気投合したそうです。
共通の仕事、共通の知人、共通の趣味。 そして何より、お互いを思いやる優しさ。 そういったものが重なり合って、今の関係が築かれていったのでしょう。
介護や健康面で支え合う熟年カップル像として紹介される二人
都はるみさんは現在77歳(2025年時点)、矢崎滋さんも75歳です。 二人とも後期高齢者と呼ばれる年齢に達しています。
この年齢になると、健康面での不安も増えてきます。 一人で暮らすよりも、支え合えるパートナーがいることの心強さは計り知れません。
週刊誌の取材に応じた矢崎さんは「元気!健康です!」と答えていましたが、これは都はるみさんと共にいることで得られている健康なのかもしれません。
心の健康は体の健康にもつながります。 二人で相撲を見ながらお弁当を食べ、一緒に買い物に出かけ、美味しい食事を楽しむ。
そんな日常の積み重ねが、二人の健康を支えているのでしょう。
芸能記者はこうコメントしています。 「『東京が嫌になった』と移住した矢崎さんを追ってはるみさんも東北に。彼女は今、やっと『普通のおばさん』としての幸せな生活をつかんだのではないでしょうか」
介護という言葉を使うと少し重く聞こえるかもしれませんが、お互いの健康を気遣い、支え合う関係。 それが熟年カップルの理想的な姿なのだと思います。
都はるみさんには子供がいません。 過去に子宮筋腫を患い、子供は諦めたそうです。
そういった背景もあり、人生の晩年を共に過ごせるパートナーの存在は、彼女にとってかけがえのないものなのでしょう。
まとめ:都はるみと矢崎滋が歩む現在のパートナーシップ像
調べれば調べるほど、都はるみさんの現在の生活に心が温まりました。
かつて「普通のおばさんになりたい」と言って引退した彼女。 今、本当の意味で「普通の幸せ」を手に入れたのだと感じます。
東北のビジネスホテルでの質素な暮らし。 矢崎滋さんとの事実婚関係。 相撲を見ながらお弁当を食べる日常。
華やかなステージとは無縁の、ごくありふれた日々。 でもそこには、確かな幸せがあるように思えます。
私たちファンとしては、もう一度あの歌声を聴きたいという気持ちもあります。 でも同時に、彼女が今の生活を楽しんでいるのであれば、それを心から応援したいとも思うのです。
都はるみさんと矢崎滋さんのパートナーシップは、現代的な夫婦のあり方の一つの形を示しているように感じます。
結婚という形式にこだわらず、お互いの生活を尊重しながら、大切な時間を共有する。 東京と東北という離れた場所を行き来しながらも、心はいつも一緒にある。
そんな二人の関係は、年齢を重ねたからこそ築ける、成熟したパートナーシップなのでしょう。
都はるみさんの歌は、これからも多くの人の心に残り続けます。 『北の宿から』『アンコ椿は恋の花』『好きになった人』… 時代を超えて愛される名曲たちは、彼女の遺産として永遠に輝き続けるでしょう。
そして今、彼女自身は歌の世界から離れ、リアルな「好きになった人」と共に人生を歩んでいる。 それは何とも素敵な人生の幕の引き方ではないでしょうか。
いつの日か、もし彼女が「また歌いたい」と思ったなら。 その時は私も、ぜひコンサートに足を運びたいと思います。 でも今は、彼女の選んだ生き方を静かに見守りたい。
都はるみさん、矢崎滋さん、どうぞお二人ともお元気で。 穏やかな日々が、これからもずっと続きますように。