MENU

倉田まり子の現在は坪田まり子で大学教授?事件の真相や結婚、最新の活動状況を徹底調査!

https://twitter.com/natsukashi__/status/1852349878854209890

80年代アイドルの中でも、私は特に倉田まり子さんの歩んだ道に深い感動を覚えました。

清純派アイドルとして輝いていた彼女が、何も悪いことをしていないのに芸能界を去らざるを得なかった理不尽さ。

そして、その後の驚くべき転身。今回は、倉田まり子さんの過去から現在まで、詳しく調べてみました。

目次

伝説のアイドル・倉田まり子とは?プロフィールと華々しい活躍

倉田まり子さん(本名:坪田真理子)は、1960年11月20日生まれ、長崎県諫早市出身です。現在65歳になる彼女は、1979年から1985年までの約6年間、清純派アイドルとして芸能界で活躍されました。

1-1. NHK『レッツゴーヤング』サンデーズ出身!デビュー曲「グラジュエイション」の衝撃

倉田さんの芸能界デビューは、実にドラマチックでした。1974年、高校1年生の時にTBSの番組『家族そろって歌合戦』に出場。その収録を見ていたスカウトマンが、彼女の抜群の美貌に衝撃を受けたんです。

「一般人なのに、アイドルよりもはるかに整った顔立ちの中学生がいる!」

そう感じたスカウトマンの誘いに乗り、倉田さんは上京を決意しました。日出女子学園高等学校に進学した彼女は、1978年4月からNHKの大人気歌番組『レッツゴーヤング』のサンデーズの一員としてレギュラー出演を開始します(~1981年3月まで)。

芸名の「倉田」は、師匠で作曲家の都倉俊一さんから一字をもらったものだと知って、私は師弟関係の深さを感じました。

そして1979年1月21日、ついにシングル「グラジュエイション」(作詞:山上路夫/作曲:都倉俊一/編曲:川口真)でキングレコードから歌手デビューを果たします。

この楽曲のフレッシュな魅力は、今聴いても色褪せないと私は思います。

ポッキーCMソング「HOW! ワンダフル」のヒットと、日本レコード大賞最優秀新人賞など新人賞ラッシュ

デビュー同年の1979年8月21日に発表された3枚目のシングル「HOW! ワンダフル」(作詞:山上路夫/作・編曲:都倉俊一)は、倉田さんのキャリアを決定づける大ヒット曲となりました。

この楽曲が江崎グリコ「ポッキー」のCMソングに起用されたこともあり、彼女の知名度は一気に全国区へ。そして、めぼしい大きなアワードの新人賞を総なめにしていくんです。

  • 第10回日本歌謡大賞放送音楽新人賞
  • 第8回FNS歌謡祭最優秀新人賞
  • 第21回日本レコード大賞新人賞

この新人賞ラッシュは、本当にすごいことだと私は感じました。当時のアイドル業界は新陳代謝が激しく、1~2年持てば良い方だったと言われていますから。

ポッキーのCMソングとして今も記憶に残る名曲ですね。

石川ひとみに似ていると評され、「似ている二人」として当時話題になった清純派アイドル

倉田まり子さんと言えば、もう一つ話題になったのが石川ひとみさんとの驚くほどの顔立ちの類似性です。

同年代のブレイクしたアイドル歌手だった石川ひとみさんに「そっくり」と評判になり、当時のファンの間では「似ている二人」として大きな話題となりました。実際、2人が並ぶと姉妹のようだったと言われています。

ただし、身長は倉田さんが162cm、石川さんが154cmと、8cmもの差があったそうです。

また、同期の女性アイドルでは、井上望さん、能勢慶子さんともよく比較されていました。

倉田さんは清楚なお嬢様風のイメージで、清純派アイドルとして確固たる地位を築いていきます。10年以上続く大人気番組「レッツゴーヤング」のレギュラーを3年間も務めたこと自体、当時としては異例の長さだったんです。

さらに、あだち充さんの人気作品「ナイン」でヒロイン中尾百合に抜擢され、エンディングテーマも担当。映画版では声優としてもヒロイン役を演じました。

ドラマでも「気になる天使たち」「ちょっといい姉妹」などに連続出演し、女優としても頭角を現していきます。

私は、倉田さんのキャリアは本当に順風満帆だったと感じました。事件が起こるまでは。

芸能界引退の引き金となった「投資ジャーナル事件」の真相

1985年、倉田まり子さんの輝かしいキャリアは突然の終わりを迎えます。それが「投資ジャーナル事件」への巻き込まれでした。

2-1. 1985年の投資ジャーナル事件と中江滋樹氏との”親しげな写真”が招いたスキャンダル

まず、投資ジャーナル事件とは何だったのか。これは1980年代に起きた、580億円規模の巨額投資詐欺事件です。

証券関連雑誌「投資ジャーナル」を発行していた投資ジャーナル社の会長・中江滋樹氏が、「絶対に儲かる」と宣伝して多くの人から投資顧問料として金を集め、株式の売買を約束しました。しかし実際には株式の引き渡しを行わず、預かり証だけを発行して現金を詐取したんです。

最終的に約7,684人から約580億円を集めましたが、ほとんどは返済されませんでした。中江会長は妻と愛人2人を含めた4人で8か月間海外逃亡し、帰国時に逮捕されて懲役6年の実刑判決を受けています。

そんな前代未聞の詐欺事件の渦中で、倉田さんは巻き込まれてしまいました。

1984年9月、創刊されたばかりの写真週刊誌『FRIDAY』の創刊号に、中江氏と倉田さんのツーショット写真が掲載されたんです。中江氏に肩を抱かれている倉田さんの写真でした。

タイミングが最悪だったのは、この時期に倉田さんが目黒区の一等地に7000万円とも言われる3階建ての豪邸を建築していたこと。これは母親へのプレゼントとして、人気芸能人となってできた最大限の親孝行だったと言われています。

しかし、この豪邸購入のニュースと中江氏とのツーショット写真が重なり、マスコミは一斉に疑惑を報じ始めました。

「7000万円の豪邸は貢ぎ物?」とマスコミに愛人疑惑を報じられたが、後にデマだったと判明

当時の報道は、本当にひどいものでした。

「倉田まり子は中江会長の愛人ではないのか?」「豪邸は中江会長が貢いだものじゃないのか?」

こうした憶測記事が次々と週刊誌に掲載され、一気に燃え広がっていきました。

当時、この事件の勢いはすさまじく、中江会長の写真だけで数十万円、倉田まり子さんのワイドショー出演には数十分で500万円もの値段が付けられるほどだったと言われています。

週刊実話WEBによると、「タイミング悪く、この時期に倉田さんが目黒区に7000万円ともいわれる3階建ての豪邸を建築していたんです。このことが判明すると、マスコミは倉田さんが中江の愛人で、詐取された金がこの豪邸に流れているのではないかと追及し始めた」と報じられています。

しかし、これは完全なデマでした。

記者会見で関係を否定し、税務調査などで違法な金銭授受はなかったことが確認されるも、イメージ悪化で芸能界引退へ

倉田さんは単独記者会見を開き、中江氏との関係を全面否定しました。記者会見の動画を見ると、当時24歳の倉田さんは本当に美しく、必死に無実を訴えている姿が痛々しいと私は感じました。

最終的に、税務署の調査によって真相が明らかになります。

豪邸の7000万円の資金は、中江氏からの正規の融資でした。「芸能プロダクションとの契約料を担保にした融資」で、返せないときは無料で倉田さんを仕事で呼べるようになるだけの、ビジネス上の取引だったんです。

倉田さんと中江氏の関係は、ファンと一般人、取引先・契約先、それ以上ではないことが完全に証明されました。違法な金銭授受も一切なかったことが確認されたんです。

週刊実話WEBによれば、「最終的には、税務署の調査によって、倉田さんが豪邸の資金を借金で賄ったことを証明する借用書が見つかり、この愛人疑惑は解消されました」とあります。

しかし、時すでに遅し。

一度ついてしまった悪いイメージを回復することはできませんでした。真実を示す記事は小さくまとめられるだけで、広く周知されることはなかったんです。

何も悪いことをしていないにもかかわらず、倉田さんのイメージは回復せず、芸能界で最も使いづらいタレントと思われるようになってしまいました。結局、豪邸も税務署の差し押さえで失うはめになったと言われています。

根も葉もない噂を流され、精神的に大きなダメージを負った倉田さんは、1985年に芸能界からの引退を余儀なくされました。

私は、この一連の報道の理不尽さに本当に憤りを覚えます。

倉田まり子の現在は坪田まり子!大学教授・キャリア講師への転身

しかし、ここからが倉田まり子さん、いや坪田まり子さんの真骨頂です。

本名の「坪田まり子」として再出発、大手国際法律事務所の弁護士秘書から始まった第二のキャリア

芸能界を引退した後、倉田さんは本名の「坪田真理子(まりこ)」として、一般社会での再スタートを切ります。

まず最初に就いたのは、大手国際法律事務所の弁護士秘書の仕事でした。

アイドルから一転、地道なオフィスワークを選んだことに、私は彼女の強い意志を感じました。華やかな世界から離れ、実務スキルを一から身につけようという姿勢が素晴らしいと思います。

資格試験予備校LECで講師・執行役員を務めた後、2003年に有限会社コーディアルを設立し独立

弁護士秘書として実務経験を積んだ後、坪田さんは資格試験予備校LECに転職します。

ここで彼女は単なる講師にとどまらず、執行役員にまで上り詰めたんです。アイドル時代の話術やプレゼンテーション能力が、ここで大いに活かされたのではないかと私は推察します。

そして2003年、坪田さんは独立起業の道を選びました。有限会社コーディアルを設立し、代表取締役に就任。プロフェッショナル・キャリア・カウンセラー®として、企業・自治体・学生などを対象に、幅広く講演・講義・研修活動を実施するようになります。

受講生のモチベーションを高める講師として定評があり、大学生への就職指導、企業・自治体向けのプレゼンテーション能力向上や営業力強化などの研修ビジネスを展開していきました。

東京学芸大学の特命准教授を経て2015年に特命教授に就任、亜細亜大学・立正大学・駒澤大学などで講義を担当

さらに驚くべきは、坪田さんの学術分野での活躍です。

2008年から、国立大学法人東京学芸大学の特命准教授に就任。そして2015年4月からは、東京学芸大学の特命教授(キャリア支援担当教授)を務めるまでになります。

高校卒業の学歴ながら、その後の努力と実績を重ねて大学教授の地位を築いたことは、本当に素晴らしいと私は思います。

また、複数の大学で非常勤講師としても活躍されています:

  • 2014年4月~2017年3月:亜細亜大学短期大学部特任講師(ビジネスマナー、秘書実務、基礎演習)
  • 2017年4月~:亜細亜大学非常勤講師(ビジネスマナー)
  • 2018年9月~:立正大学非常勤講師(キャリアI、キャリアII)
  • 駒澤大学非常勤講師

公務員・企業を志望する学生に対し、キャリア支援に関わる研修や就活指導を行っているそうです。

就活・キャリア支援の専門家として、『Web面接完全突破法』など就職支援関連の著書を多数発表

坪田さんは、就活・キャリア支援の専門家として、多数の著書も発表されています。

主な著書:

  • 『Web面接完全突破法』(2021年2月、エクシア出版)
  • 『就活必修! 1週間でできる自己分析2024』(2022年6月)
  • 『就活必修! 1週間でできる自己分析2026』(最新版)

特に『Web面接完全突破法』は、コロナ禍でオンライン面接が主流になった時期に出版され、多くの就活生の助けになったと言われています。

第一印象・身なり・声・表情・話し方などあらゆるすべてのポイントを通して、面接官に自分をアピールする方法を7日間で習得できる内容になっているそうです。

倉田まり子の結婚や旦那、子供などプライベートを徹底調査

公人としての活動は詳しく知られている坪田さんですが、プライベートについてはどうでしょうか。

1996年に1歳年下の会社員と結婚したとされるが、相手の詳細は非公表

坪田さんは1996年に結婚されたとされています。お相手は1歳年下の医療機器メーカーに勤務する一般会社員だったという情報があります。

倉田さんが36歳の時のことですね。芸能界を引退して11年後、新しい人生を歩み始めていた頃でした。

ただし、一般人男性のため、名前や詳しい職業などは明らかにされていません。これは、マスコミに対する不信感から、プライベートな情報を公開しない姿勢だと考えられます。

1997年生まれの長女が一人おり、その後は離婚を経てシングルマザーとして育ててきたと報じられている(子どもは娘1人が有力)

結婚の翌年、1997年に坪田さんは娘さんを出産されています。現在29歳くらいになられるはずです。

もちろん、娘さんも一般人なので名前や職業など詳しい情報は公開されていません。ただ、坪田さんに似ていれば間違いなく美人の娘さんだろうなと、私は想像してしまいます。

離婚の時期は2003年前後とされるが、正確な時期や現在の家族構成は公には語られていない

その後、坪田さんは離婚されたとされています。離婚の時期は2003年頃と報じられていますが、正確な時期やその理由などは公には語られていません。

2003年は、坪田さんが有限会社コーディアルを設立して独立した年でもあります。人生の大きな転機の時期だったのかもしれませんね。

それ以降、坪田さんはシングルマザーとして娘さんを育ててこられたようです。

プライベートな事情なので詳細は明らかにされていませんが、仕事と子育てを両立させながら、キャリアカウンセラー、大学教授として成功を収めてこられたことは、本当にすごいことだと私は感じます。

坪田まり子としての最新の活動状況とメディア露出

現在65歳になられる坪田まり子さんですが、今も精力的に活動されています。

企業・自治体・大学向けのプレゼンテーション研修やキャリア講演で高い評価を得ている

坪田さんは現在、企業・自治体・大学向けのプレゼンテーション研修やキャリア講演で高い評価を得ています。

受講生のモチベーションを高める講師として定評があり、各地で講演活動を精力的に行っているそうです。

プレゼンテーション能力向上や営業力強化などの研修では、アイドル時代に培った話術やステージング技術が大いに活かされているのではないかと私は思います。

芸能界とは距離を置きつつも、過去の活動を振り返るインタビューや書籍で当時のエピソードに触れることもある

坪田さんは基本的に芸能マスコミとは距離を置く姿勢を取っています。公式ウェブサイトのプロフィールでも、芸能活動時代について直接触れていません。

これは、理不尽な報道で芸能界を去ることになった経験から、マスコミに対して慎重な姿勢を保っているのだと考えられます。

ただし、完全に過去を否定しているわけではありません。自身からのメッセージで、時折第三者的視点で当時を回想することもあるそうです。

また、ファンサイト主宰者らによる同窓会に参加するなど、当時のファンと交流を持つ機会もあるとのこと。

楽曲については一部がCDなどで再発売され、2010年7月にはベストアルバム『倉田まり子 パーフェクト・ベスト』も発売されました。活動当時の歌番組やドラマなどの再放送についても制限されていないそうです。

公式サイトを中心に、講演情報やメッセージを発信し続けている

坪田さんは公式サイトを通じて、講演情報やメッセージを発信し続けています。

坪田まり子公式サイト

公式サイトでは、プロフィールや講演依頼、著書の紹介などが掲載されており、キャリアカウンセラー・大学教授としての顔が前面に出ています。

逆境から這い上がった倉田まり子の生き方に対する世間の反応

坪田まり子さんの生き方に対して、世間はどう反応しているのでしょうか。

アイドルからビジネス・教育分野での成功へと転身したキャリアに、「努力と行動力がすごい」と称賛の声

SNSなどを見ると、坪田さんのキャリアに対する称賛の声が多く見られます。

「アイドルから大学教授になるなんて、努力と行動力がすごすぎる」「華やかな世界から一転、地道にキャリアを積み上げた姿勢が素晴らしい」「逆境を乗り越えて成功を収めた生き方に勇気をもらえる」

私も同感です。理不尽な出来事で芸能界を去ることになったにもかかわらず、そこで人生が終わったわけではなく、新たなキャリアを一から築き上げた行動力は本当に素晴らしいと思います。

投資ジャーナル事件ではむしろ”巻き込まれた側”とされ、理不尽な引退を乗り越えた生き方に勇気づけられるという反応も多い

投資ジャーナル事件についても、現在では「倉田まり子は被害者だった」という認識が広まっています。

「何も悪いことをしていないのに引退に追い込まれて本当に気の毒だった」「マスコミの報道被害の犠牲者」「むしろ”巻き込まれた側”なのに、よく這い上がってきたと思う」

こうした声が多く聞かれます。

当時の報道の在り方を批判する声も多く、「今だったらこんな報道は許されない」「SNSがある時代なら真実がもっと早く広まったかもしれない」という意見も見られました。

理不尽な引退を乗り越えて、教育分野で多くの学生を支援している現在の活動に、勇気づけられる人も多いようです。

まとめ:倉田まり子の現在は坪田まり子として、キャリア支援・教育の第一線で活躍し続けている

1979年に「グラジュエイション」で華々しくデビューし、「HOW! ワンダフル」で一世を風靡した倉田まり子さん。石川ひとみさんに似ていると話題になり、清純派アイドルとして多くのファンに愛されました。

しかし1985年、投資ジャーナル事件に巻き込まれ、根も葉もない愛人疑惑を報じられます。税務調査で無実が証明されたにもかかわらず、イメージの悪化により芸能界を引退せざるを得ませんでした。

その後、本名の坪田まり子として再出発。国際法律事務所の弁護士秘書から始まり、資格試験予備校LECで執行役員・講師を経験。2003年に有限会社コーディアルを設立して独立しました。

2008年からは東京学芸大学の特命准教授、2015年からは特命教授として、キャリア支援分野で活躍。亜細亜大学、立正大学、駒澤大学などでも講義を担当し、多数の就活支援本も執筆されています。

プライベートでは1996年に結婚、1997年に娘さんを出産されましたが、2003年頃に離婚。シングルマザーとして娘さんを育てながら、キャリアを築いてこられました。

現在65歳になられる坪田まり子さんは、キャリア支援・教育の第一線で活躍し続けています。

理不尽な出来事で輝かしいキャリアを断たれながらも、そこから這い上がり、全く異なる分野で成功を収めた生き方は、多くの人に勇気と希望を与えていると私は感じます。

芸能界での華やかな日々も、理不尽な引退も、そしてその後の努力も、すべてが坪田まり子さんという一人の女性の人生を形作っているのだと思います。

これからも、多くの学生や社会人のキャリア支援を通じて、坪田さんの経験と知識が活かされていくことを期待したいですね。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次